曹洞宗(そうとうしゅう)
曹洞宗は、お釈迦さまより歴代の祖師方によって相続されてきた「正伝の仏法」を依りどころとする宗派です。それは坐禅の教えを依りどころにしており、坐禅の実践によって得る身と心のやすらぎが、そのまま「仏の姿」であると自覚することにあります。
そして坐禅の精神による行住坐臥(「行」とは歩くこと、「住」とはとどまること、「坐」とは坐ること、「臥」とは寝ることで、生活すべてを指します。)の生活に安住し、お互いに安らかでおだやかな日々を送ることに、人間として生まれてきたこの世に価値を見いだしていこうというのです。
両祖
曹洞宗は今から八百年ほど前、鎌倉時代に高祖(こうそ)道元禅師(どうげんぜんじ)さまが我が国に伝えて、ゆるぎなき基礎をきずかれ、四代目の太祖(たいそ)瑩山禅師(けいざんぜんじ)さまが一層盛んになさいました。このお二方を両祖大師(りょうそだいし)と申し上げます。
大本山
曹洞宗は大本山を二つもっています。福井県にある永平寺と、横浜市にある總持寺です。ちょうど、私達が父と母の両親を持つように、道元さまの永平寺と、瑩山さまの總持寺を両大本山とお呼びします。
道元さまが正しい仏教の教えを中国より日本に伝えられ、道元さまから四代目の瑩山さまが全国に広められ、曹洞宗の礎を築かれました。
大本山 永平寺(えいへいじ)
大本山永平寺は、高祖道元禅師(こうそどうげんぜんじ)が1244(寛元2年)、傘松峰大仏寺(さんしょうほうだいぶつじ)をひらかれ、のちに吉祥山(きちじょうざん)永平寺と改められたのに始まります。
これは、お釈迦さまから正しく伝えられた仏道修行の根本道場であるという高い理想と、仏道が人びとの永遠の平和としあわせのもとであるという、深いお心によるものです。
こうして、約750年の伝統を誇る永平寺は、今もつねに多くの修行僧が日夜修行に励んでいます。四囲の老杉や谷川のせせらぎにも禅のおく深さが感じられ、訪れる人びとは、おのずと襟(えり)を正します。
《高祖道元禅師さま御開山》
福井県吉田郡永平寺町志比
TEL 0776-63-3102
https://daihonzan-eiheiji.com
大本山 總持寺(そうじじ)
大本山總持寺は、石川県にあった諸嶽(もろおか)寺を、1321(元亨元)年、太祖瑩山禅師(たいそけいざんぜんじ)が諸嶽山總持寺(しょがくさんそうじじ)と改められたのに始まります。明治時代の焼失を機会に横浜市に移転し、現在に至っています。
交通の便がよく、わが国の海の玄関に位置するところから、国際的な禅の根本道場として偉容を誇っています。まさに、瑩山禅師の教えそのままに、ひらかれた道場として、地の利をいかし、社員研修や参禅会等が行われています。
さらに、教育に力を注がれた禅師のお心を受け継ぎ、山内には総持学園が創設され、広く門戸を開いています。
《太祖瑩山禅師さま御開山》
神奈川県横浜市鶴見区鶴見2-1-1
TEL 045-581-6021
http://www.sojiji.jp
教義
私たちが人間として生を得るということは、仏さまと同じ心、「仏心」を与えられてこの世に生まれたと、道元禅師はおっしゃっておられます。「仏心」には、自分のいのちを大切にするだけでなく他の人びとや物のいのちも大切にする、他人への思いやりが息づいています。しかし、私たちはその尊さに気づかずに我がまま勝手の生活をして苦しみや悩みのもとをつくってしまいがちです。
お釈迦さま、道元禅師、瑩山禅師の「み教え」を信じ、その教えに導かれて、毎日の生活の中の行い一つひとつを大切にすることを心がけたならば、身と心が調えられ私たちのなかにある「仏の姿」が明らかとなります。
日々の生活を意識して行じ、互いに生きる喜びを見いだしていくことが、曹洞宗の目指す生き方といえましょう。
令和6年度 布教教化に関する告諭
今、世界が抱える諸問題は、複合的かつ重層的です。基本的な人権としての平和な暮らしや命の尊厳が脅かされる危機的な状況は、広がる一方と言っても過言ではありません。
一仏両祖を信奉する私たちは、確かな道を知っていなければならないのです。
お釈迦さまは縁起の理法をさとられ、一切を正しく観察される智慧と、他者との和合調和は慈悲によって成ることを、身を以てお示しくださいました。それは、我利・我欲を離れる私たちの生き方だったのです。
道元禅師は「回光返照の退歩を学すべし」とお示しです。
歩みを止め、息を調え、二歩も三歩も退いて、自らが行いを仏道に照らし謙虚に顧みよ、と説いておられます。
瑩山禅師は「必ず和合和睦の思いを生ずべし」と示されました。
和合調和を乱すのは、何時の世も人間の我利・我欲、すなわち貪りであります。その貪りこそが苦悩の源であり、対立闘争の根源なのです。
無常無我の世なればこそ、日月は私無く一切を照らしております。私たちも、至心に万事万縁と関わってゆきたいものです。
合掌は、御仏に自らを重ね合わせることです。そして、御仏をこの身に頂く坐禅に親しみ、世界中の人びとが誰一人取り残されることなく、安らかに暮らせるよう、祈り、念じ、共どもに菩薩行を進めてまいりましょう。菩薩の誓願に生きることが、苦悩の世を安楽の世にする真の道であります。
大本山總持寺開山太祖瑩山紹瑾禅師七〇〇回大遠忌法要をご縁として、和合のみ心を我が心、和合のみ教えを我が行いとして、太祖さまに見えようではありませんか。
合掌
南無釈迦牟尼仏
南無高祖承陽大師道元禅師
南無太祖常済大師瑩山禅師
令和6(2024)年4月1日
曹洞宗管長 南澤道 人
令和6(2024)年度 管長の告諭(おことば) | 曹洞宗 曹洞禅ネット SOTOZEN-NET 公式ページ
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